写真家・石川直樹 まだ見ぬ世界を探し求めて
トークセッションアーカイブ 後編
2月9日、仙台で行われたトークイベント「石川直樹 まだ見ぬ世界を探し求めて」。石川氏の2019年のK2遠征の話に続き、イベント後半では、生物を遺伝的な観点から研究している東北大学大学院農学研究科陶山佳久准教授を交えたトークセッションを展開した。
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後編は、写真家と研究者それぞれの立場から、仕事・旅・食について掘り下げる。
やりたいことを仕事にするまで
—学生時代、お二人は今の仕事をしたいという思いはありましたか?
石川:はい。昔から本を読むのが好きで、冒険とかノンフィクションの本とかを読んでいて、自分も旅をしながら生きていくにはどうしたらいいかと考えた時に、写真家や作家、文筆家という仕事だったら会社に勤めなくてもいいと思って、写真家になった感じですね。
陶山:学生の時からそう思っていたんですか?
石川:中学生くらいの時に、写真家とは思っていないけど、例えばジャーナリストとか、フリーでやれる仕事がいいんじゃないかなとは思っていましたが、そんなことは誰も教えてくれないですからね、道筋のつけ方とかね。カヌー乗りの野田知佑(ともすけ)さんとかに会って色々教えてもらって今がある感じですかね。
— まず会社に入ろうかなって思ったことは?
石川:無かったですね。就職活動もしたことがないし。最初に本を出したのが23歳の時なので、それが名刺代わりになって、いろんな雑誌とかの仕事をいただいたりとかして、ずっとフリーでやっていますね。
陶山:僕は小学校低学年の頃から、自然を守る仕事がしたいと思っていたんですよ。でも、実際は職業っていうものが何なのか分かっていなかったし、どうやってやればいいかも分からない。でも、大学に入って研究するうちに研究者の道があるんだなと知って、学生のうちに研究者になろうと思いましたね。 僕ら研究者の世界も意外と厳しくて、ポスドクっていって、ドクターをとっても就職できない場合、期間限定で雇われて研究する立場で転々とするんですよ。僕もそうで、ドクターをとったのが27歳の時で、そこから7年間ポスドクでした。結構辛いですね。フリーみたいな感じですよ。
石川:その頃ですよね、お会いしたのは。
陶山:そうですね。
仕事においてのこだわり
—— それぞれの仕事でこだわっていることがたくさんお有りだと思います。 石川さんの写真を初めて拝見した時、個人的な印象は、ものすごく饒舌でドラマチックな構図の写真というよりかは、どこか客観的な印象を受けました。
石川:旅をするモチベーションは、自分の目で見て体で感じてこの世界を理解するということ。写真に関しては一枚に膨大な情報量がある。今言われたように、例えば写真に饒舌なキャプションとかをつけると、写真が持っている情報量を狭めてしまう。だから、なるべく写真だけでどのように見ていただいてもいいですよっていう形で提示することの方が多いですね。 撮る時も、構図がどうのっていうよりは、自分の体が反応した時にそのまま自然に撮るようにしていて。写真って切り取るっていう風にいったりするけど、自分から切り取るというよりかは、向こうから来たボールをカメラで受け取るというようなイメージで撮っています。
—石川さんが一番最初に写真を撮り始めた頃より、今は誰もが良い性能のカメラで手軽に写真を撮れちゃいますよね。スマートフォンで食事の前に料理を撮ったり、ああいう光景ってどのようにご覧になってます?
石川:全然良いんじゃないですか。自分の生活の一部を出して、いいね!がつくとかつかないだとか、どんどんやったらいいと思うけど(笑) 僕もSNS見るし、こうやってみんな生きてるんだなって思うし。ただし、写真家というのは全然違っていて、⽣き⽅と写真が密接に結びついているもので、世界がこうあるんだけれども、⾃分はこういうふうに⾒ている、こういう風な見方をすれば世界が変わるっていうのを提⽰するというか。だから、Instagramとかできれいなものや幸せな瞬間を見てもらうということとは別のあり方で写真があるので。
陶山:僕はやっぱり現場をものすごく大事にしますね。僕はDNA分析が中心なので、別に現地に行かなくたっていいんですね。試料(分析用サンプル)さえもらえれば別に分析出来るっちゃできるんですけど、やっぱり「そのもの」を見るってものすごく大事だと思っていて、全部自分で採りたい、自分で見たい。そうすると、分析の時に繋がることがあるんですね。僕は分類学者ではないし、現場である意味役不足なんですが、でも行きたいです。
— 現地で得たもののアウトプットの仕方でこだわっていることは? 石川さんなら作品集として出す時、陶山先生なら研究発表をする時とか。
石川:僕は本がこどもの頃から好きだったので、本を作るということが自分の中では大切なことですね。写真展なども沢山やるんですが、そこに来た人しか見られないので、本に残すということを重点的にやってきていて。本のテーマごとに作り方が違うので、一概には言えないんですけど、例えば山だったら、一番ハイライトの部分だけではなくて、一番下から頂上に立つまでのプロセス全体を本の中から想像で繋がっていくようにしたいし、山登りだけではなくて自分の興味がある周辺の文化も含めて本を作りたいと思うし。こだわっていることといえば、本作りの0から100まで全部の工程に関わりたいし、デザイナーも自分で提案して決めるし、編集の人とも話し合いをして、人任せにしないで作って来たつもりですね。
— 写真のレイアウトなど、デザイナーの方にもこだわりがあると思います。その辺りははっきり議論されますか?
石川:そうですね。本当にちゃんとしたデザイナーは、あまり自分を出さないですね。滲み出るんだけど、写真がよく見える方向に持っていくとか。デザインが立ちすぎるとデザイナーの本になっちゃうんで、そこのバランスが上手い人は本当に上手いですね。 陶山:研究者としてのアウトプットは論文なんですよ。僕はそれ以外のアウトプットでも、例えば本だったりラジオだったりでも、分かりやすい言葉で伝えるように心がけています。次に本を書くとしたら、科学冒険ノンフィクションみたいなものとか(笑)。
石川:それめっちゃ面白そうですね。書いて欲しいですね。
— 分かりやすい言葉で深い話を伝えていくってとても大切なことだと思うんです。お二人の言葉は分かりやすいし、無駄に脚色していないのが良いですよね。
石川:僕は多くの人に伝えたいと思っているし、無駄に脚色せず、自分の見たままをぽんと提示するというか、そういうやり方で書いていますね。 サマセット・モームっていう作家がいて、僕が好きな作家なんですけど、「雨が降ったら、雨が降っているって書け」と言っている。例えばですが、「世界が終わってしまいそうな悲しい⾬が降っている」とかなんとかって修飾語をいっぱいつけるのではなくて。写真もそうだと思っていて、天候待ちとかしないし、雨が降っているんだから雨が降っている写真を撮ればいいと思っているので、あまり自分の主観で捻じ曲げようとはしない。そういうやり方で文章も写真もやってきました。
旅と食、拘らないということ
— 旅に必ず持っていく、というものはありますか?
陶山:僕は、なるべく持っていかないようにしているんです。長い遠征でも、ザック1個で走れるように(笑) 石川:自分もまさにそうです。僕もなるべく道具を持たないで旅に出る、というようなことをいろんなアンケートとかで書いているんです。毎回持っていくものとかお守りっていうものは一切ないですね。靴と、ザックと、寒いところだったら防寒具とか、ほとんど身一つでいくのがいいですね。
— そうするには、知恵とか体験とか自信がないとできないことだと思うんです。
石川:そんな、自信なんて無いですよ。どこに行ったっていろんなもの買えるし。現地に暮らしている人がいるんだから、絶対持っていかなきゃみたいなものはないですね。
陶山:いっぱい持って行って、使わないで持って帰ってくることほど虚しいものはないですね(笑)全てのものを何回か使ったことが「よっしゃ!」って感じなので。
石川:あとは重さとか寒さって苦しさに直結するんで、できるだけ軽くした方が良いし。
— 共通点がありましたね。
石川:いや、絶対ね、研究の七つ道具みたいな話されるかなと思って、最初に「俺何にも持っていかないですよ」とか言ったら、陶山さん話しにくくなるかなと思って。同じだったからよかった。
— 食事に関するこだわりはありますか?
石川:じゃあこれは僕から。僕は本当に舌が肥えていないんですよ。食べられるだけでありがたい。白いご飯とか食べてたらありがたいって気持ちになります。まぁ確かにいろんなものを食べましたよ。例えば、ミクロネシアだったら犬の丸焼きとか。僕犬飼ってるから本当は食べたくないんですけど、自分のために焼いてくれたやつとかもあったし。基本的に現地の人が食べているものは全部食べられると思っているので。 醤油とか味噌汁とか持っていくものありますか?とかいわれるけど、あったら嬉しいけど別になくても大丈夫だし。料理雑誌の仕事とかもするけど、こだわりないって書いちゃうしね。オシャレなカフェとかもう全然、たばこ臭い喫茶店とかの方が落ち着く。……なんかすいません(笑)
陶山:違う答えをしなきゃなと思いつつ……僕も何でもいいんですよ(笑) そりゃ美味しいものは好きですけど、現地では現地のものを食べるし、醤油なんて絶対持っていかないです。
石川:あの、⾃分で自分をフォローすると、2ヶ⽉半くらいパキスタンのスタッフが作ったふにゃふにゃのスパゲティとか⾷べてると、日本に帰ると何食べても本当に美味しいですね。例えばバナナ食べただけでもバナナ美味しいな〜。缶ジュース飲んだだけでジュース美味しい〜って。何でも美味しく感じちゃう。だから基本不味いって感じない。現地の水も、氷河の水できれいって思うかもしれないけど、あれ雪を溶かして作るので砂がいっぱい入ってるんです。だから日本の水道水を飲んだだけで美味しいなぁって思いますね。
写真、研究、それぞれの役目
まだ見ぬ世界を探し求めるということ
石川:今日の陶山さんの話で、新種があんなに見つかるって聞いて、びっくりしましたけどね。僕もあまり人が行かないところに行っているけど、知らないだけで未知のものに出会っていたんだって。
陶山:あのプロジェクトが終わるまでに、1,000の新種が見つかるだろうって計算になっているんです。それを頑張ってやってみます。 石川:僕が行くところに陶山さんの目があったらば、自分にとっては行き慣れたネパールの道だけれども、陶山さんから見れば新しいものが色々出てくるのかもしれないし、見方を変えるだけで見知ったと思い込んでいたところがどんどん新しい世界に変わっていくのが面白いですよね。 僕は先史時代の壁画に興味があって、世界中を巡っていたことがあるんです。例えば、有名なラスコーの壁画を⾒つけたのは、小さな子どもでした。何千年も手つかずにあったもので、大人達は気づかなかったんだけど、こどもたちが遊んでいて穴とかに入って行ったらば、そういうものを見つけるとか。住んでいる世界は一緒なんだけど、ちょっと見方を変えるだけで全然違う世界になる。新しい冒険の形ってそういうところにあるんじゃないかなって思っているんです。
陶山:僕はDNAの分析技術を使って研究をしています、と言ったんですが、そうやってぱちっと筋が通るようになったのも、実はここ数年なんです。今はもうぶれないから、そこを突き進んでいきたいなと思っています。 あとは僕、探すのが得意なんです。そして、そういう能力って上がるんですよ。だからどんどん上げて徹底的に突き詰めてその能力を高めていこうかなと。結構楽しいですよ。
石川:それって何なんですかね、全体を見ながら何かを知覚しているんですかね。
陶山:AIで解析させてみたいですね。ものすごい情報量を処理していることは確かですね。探している時も、なぜか知らないけれどそっちに行きたくなるということがあって。
石川:直感とか?
陶山:直感といってしまうとそれまでなので、おそらく地形とか、いろんな情報ですよね。そこが何なのか、科学的に突き詰めてみたいですね。 今日の石川くんの話を聞いていて、あぁ科学者だな、と思いましたね。僕らは科学的な表現をする時に主観は入れられないんですよ。余計な修飾語はつけない。事実をそのまま言うというのが科学の客観的な表現なので、それにものすごく近い。だから科学的な写真を撮っているんだな、と思いました。
石川:そうかぁ。まぁでも、主観で捻じ曲げて、こう見てくれとかメッセージを込めるっていうことはなくて、この写真を見て、豊富な情報量をそのまま殺さないように差し出すっていう感覚なので、そうなのかもしれないですね。
photo by 佐藤陽友
石川直樹(写真家)
1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。 『NEW DIMENSION』(赤々)『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。 最新刊に、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズの7冊目となる『Gasherbrum II』(SLANT)、『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)など。http://www.straightree.com/
陶山佳久(東北大学大学院 農学研究科 准教授)
専門は森林分子生態学。最新のDNA分析技術を使った植物の繁殖生態·進化に関する研究のほか、絶滅危惧植物の保全遺伝学、植物古代DNAの分析、生物多様性保全やその応用技術に関する研究など、国内外で多彩な研究を行っている。
主な著書に『生態学者が書いたDNAの本』(共著、文一総合出版、2013年)、共編著書に『地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン』(文一総合出版、2015年)などがある。
奥口文結(ファシリテーター/ブランドデザイナー)
宮城のエフエム局でラジオパーソナリティとして番組制作に携わり、2019年4月フリーランスに。宮城を拠点にファシリテーターやMCのほか、もの·ことのブランディングデザインを手がける「FOLK GLOCALWORKS」主宰。instagram @okuguchifumiyu