写真家・石川直樹 まだ見ぬ世界を探し求めて

トークセッションアーカイブ 前編

2月9日、仙台で行われたトークイベント「石川直樹 まだ見ぬ世界を探し求めて」。石川氏の2019年のK2遠征の話に続き、イベント後半では、生物を遺伝的な観点から研究している東北大学大学院農学研究科陶山佳久准教授を交えたトークセッションを展開した。
前編は、陶山准教授の研究から見る、生物多様性の話。
— 石川さん、仙台はいつぶりでしょうか?
 
石川:かなり久しぶりですね。メディアテークでトークイベントをやった時以来だから、4年ぶりかな。
 
—石川さんと陶山先生は、実は繋がりがおありなんですよね。
 
陶山:はい。実は、石川君とは25年くらい前に会っていてですね。
 
石川:僕がまだ10代の頃ですね。
 
陶山:彼が学生の頃に、ミクロネシアのヤップ島というところでプロジェクトがあって、その時に参加者として石川君がいました。僕は記録用のカメラ担当スタッフとして参加していて、なんと、石川君を撮るという。当時はこんな風に写真家になるとは、思っていませんでしたね。
 
— 当時の石川さんの印象を覚えていますか?
 
陶山:見た目は全然変わっていませんね。
 
石川:どう考えても変わっていますよ(笑)
 
陶山:当時は登山なんかも全然している風じゃなかったし、ましてや写真も。その後に当時最年少で七大陸最高峰登頂と聞いて、えー!って。びっくり。
まだ見ぬ「生物」の世界へ
— 陶山:僕は「森林分子生態学」の専門で、最新のDNA解析技術を使って森林の生態を研究しています。生き物を守りたいと思って研究していますね。 最近の研究対象は、世界中の生物多様性のホットスポット、地域の生物資源、絶滅危惧種などで、具体的なところでいうと、ブナ林や竹笹などがあります。
 
現在、アジア中で山の木々が伐採され、ものすごい勢いで生物が無くなっていく現象が起きています。この伐採は、木を使うためというより農地転換のため。最近僕が調査に行った場所では、コーヒー農園にするために伐採された場所がありました。 一方で、こういった場所で調査をすると新種がどんどん見つかる。つまり、新種が存在価値を知られる前に無くなっている現状があるんです。
 
例えば、「天国に一番近い国」といわれているニューカレドニアは、植物の種類が多い生物多様性のホットスポット。生物の70%以上が固有種(ここにしかない生物)なんです。これがどのくらい凄いことかというと、日本もとても固有種の割合が高いといわれているのですが、それでもその値は35%程度だといわれています。一方で、ニューカレドニアでは500種類は見つかるといわれています。それどころか、今までは知られていなかった生物が見つかる可能性がまだあるということで、とても貴重なんです。
しかし、ニューカレドニアはニッケルが採れる所なので、山の表面を剥ぎ取る露天掘りが膨大な面積で行われているのが現状。実際に山を訪れると、希少種がダンプの砂埃にまみれている光景を目の当たりにすることもあります。
 
ニューカレドニアだけではなく、同様に生物のホットスポットとして知られている東南アジア各地の熱帯林で、大々的な調査プロジェクトを行なっています。 この調査は、5×100mの区画を作り、その区画の中の植物を全部調べていく方法です。このプロジェクトでは、およそ4万点の調査サンプルが集まっていて、これを標本にしていきます。標本を作るには、採取したサンプルをその場で押し葉のように押さえていかなければならないので、次々に植物を新聞紙で押さえていくんです。このようにして1日で1,000近いサンプルを採ります。 同時に、採取した植物の様子を写真に撮ってその日のうちに図鑑を作ります。この図鑑は、一般公開して使えるようにします。最後はDNA分析用にサンプルをほんの少し採って、お茶パックに入れて保存して持ち帰り、それをすりつぶしてDNAを取り出し分析します。 気の遠くなるような話なんですが、残されている資源を保全するためには、これが有効な方法なんですね。
 
ニューカレドニアでの調査では、ちょっと面白い結果が出ています。あるオレンジ色の花を咲かせる2つの植物を同じ種だと思って採取しました。期待せずに調べたら、遺伝子上は全く違う種だったんです。ぱっと見るとほとんど同じなんだけど、よく見ると花の色も微妙に違うし、雌しべと雄しべの長さも違う。植物分類学的には花の違いは大きな違いです。この植物は新種として登録される予定で、この種の仲間で希少なものについては、その種を守るための啓発ポスターも作られています。
 
こういった新種の研究は、僕にとってはまだ見ぬ「生物」の世界を探し求めている、ということになります。
​生物多様性は取り戻せない?
— 大学の先生というと、ラボに入って日夜データ解析に勤しむ、というイメージがあったのですが、陶山先生は国内外飛び回って旅をされていて、大学教授のイメージががらっと変わりました。去年はいくつの地域に行かれましたか?

 

陶山:6カ国くらいかな。毎年それくらいです。大学の授業もあるのでそんなに長くは滞在できませんが、1週間〜10日間くらい滞在して調査します。

石川:いや〜面白いですね。現状は生物多様性が失われて行く一方ということですよね?逆に増えたりはしていない?

 

陶山:進化的な時間がかからない限りないですね。

 

石川:じゃあ年月が進むにつれて、どんどんどんどん少なくなっていってしまうと。

 

陶山:めちゃめちゃ少なくなっていきますね。

 

— 進化的な時間のスパンというとどれくらいでしょうか?

 

陶山:少なくとも数百万年でしょうね。

 

— 明らかに我々が生きている時代では起こり得ないですね。

 

陶山:意外とこの時間感覚って理解されていないみたいで、自然に無くなっていくものだからいいんじゃないの?っていわれるんですけど、先ほど言ったように人間の理由で無くなっているので、スピードが全然自然じゃないんですよ。進化的な時間というとイメージが難しいので分かりやすくいうと、次の世代に残したいものは何?ということです。今の世代に無くなれば、次の世代には絶対に無いですから。

 

石川:多様性は取り戻せないもの、というイメージがなかったですね。環境問題とかいいますけど、それ以上に急速な変化が起こっている……

 

陶山:東南アジアの森で僕がサンプルを採りに行ったところも間違いなく無くなる。そのメインは経済的な理由です。

 

石川:地球において、多様性のピークっていつ頃だったんですか?要は氷河期の時はそんなにたくさんの種類がないとしたら、氷河期が終わって増えて、また少なくなっているということですか?

 

陶山:氷河期って今から1万年前に終わっているので、つい最近なんですよね。減っている場所もあるけど、生き残っているところもあるので、氷河期自体はひとつの小さな波のようなものなんですね。

 

石川:そういうものなんですか。面白いですね。

 

— 先程教えていただいたオレンジ色の花について、これは見た目からしてわかりやすい違いがありますが、見た目に違いはなくても遺伝子的には全く違う植物、という場合もあるんですよね。

 

陶山:こういうのを隠されて気づかれなかった種ということで、「隠蔽種」っていわれたりするんですけど、遺伝子上の明らかな違いがある場合、改めて見た目を確認すると、どこかしらに違いがある場合が多いんです。それに気づいていなかったというパターンが多い。

石川:一昔前はビジュアルの違いだけで判断していたけれど、DNAの技術が飛躍的に伸びて、もっと詳細がわかるようになっていったということですね。

 

陶山:最終的には形態をチェックしないと分類はされないんですが、DNAのデータが出るようになったことで、スピードアップしたと思います。

 

— 「新種が発見されたかもしれない、よし、じゃあ行こう」という風に、ちょっとそこまでの雰囲気で現地に行くのがすごいですよね(笑)お二人とも気になるところがあれば、「よっしゃ、行くぞ!」とスイッチが入りますか?

 

石川:そうですね。自分の目で見て、体で知覚しないと分からないことがいっぱいあるので、まずは行ってみようという気持ちはありますね。

 

陶山:その辺のフットワークは相当軽いですね。石川君ほどじゃないですけど(笑)

 

石川:いやいや、陶山さんこそ、サンプル3,000個も調べていくなんて膨大な作業ですからね。

 

陶山:やっぱり楽しいし、役に立っていると思っているので、そこのモチベーションはありますね。

photo by​ 佐藤陽友

石川直樹(写真家)


1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。 『NEW DIMENSION』(赤々)『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。 最新刊に、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズの7冊目となる『Gasherbrum II』(SLANT)、『まれびと』(小学館)、『EVEREST』(CCCメディアハウス)など。http://www.straightree.com/

陶山佳久(東北大学大学院 農学研究科 准教授)
 
専門は森林分子生態学。最新のDNA分析技術を使った植物の繁殖生態·進化に関する研究のほか、絶滅危惧植物の保全遺伝学、植物古代DNAの分析、生物多様性保全やその応用技術に関する研究など、国内外で多彩な研究を行っている。
主な著書に『生態学者が書いたDNAの本』(共著、文一総合出版、2013年)、共編著書に『地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン』(文一総合出版、2015年)などがある。

 

奥口文結(ファシリテーター/ブランドデザイナー)
宮城のエフエム局でラジオパーソナリティとして番組制作に携わり、2019年4月フリーランスに。宮城を拠点にファシリテーターやMCのほか、もの·ことのブランディングデザインを手がける「FOLK GLOCALWORKS」主宰。instagram @okuguchifumiyu

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