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歌うように、口説くように

安田先生は、絵に描いたようなジャズマンでした。

続き。

当時のレッスンルームは、ビルの地下の暗い一室で

重いドアを開けると恰幅のいい先生が

もくもくとたばこをふかして座っていました。

鋭い目をしていて、じーっと観察するように見る目に怯んでしまうような

無言で人を圧倒させるようなパワーのある方。

思わず、レッスンも受けず、今日のところは失礼…と後ずさりしようとすると、

「文結ちゃん。」座りなさい。とにこっと笑う。

とにかくミステリアスな印象でしたが、

本当は、茶目っ気たっぷりで、若いプレイヤーを育てようと

様々な演奏機会を作っていらっしゃる素晴らしい方。

…ということが分かったのは、後の話。笑

安田先生は、私の最初の一音を聞いて、こう言いました。

「いい楽器だね。」

「でも、全然鳴らしてないね。」

おおきく一息ついた後、さらにこう言いました。

「その音じゃ、男の人を口説けないよ。」

度肝を抜かれました。

吹奏楽で3年間めいっぱいサックスを吹いてきましたが、

男の人を口説く音なんて、考えたこともありませんでした。

安田先生は、ジャズのスタンダードナンバーの楽譜を用意し、

コードにあわせたアドリブのスキルを教えて下さいました。

そこで教わったのは、「音を詰め込まないこと。」

「超絶技巧の細かいフレーズでうめた8小節より、

骨抜きにするような1音の8小節をつくりなさい。」

そうして実際にお手本できかせてくれた8小節に1音は

本当に〝骨抜き〟になりそうな良い音。

とにかく、先生のような音が出したくて、

イメージを反復してあらゆるアンブシュア(口の形)や息の入れ方、

音の出すスピードを試しました。

未だ、到底先生の音には掠りもしないですが、

あるとき、明らかに吹奏楽時代とは違う音色が出ました。

ごく自然に、それはこれまで憧れていた〝ジャズの音〟でした。

音を変えるまでのプロセスをうまくは言えないですが、

技術云々を置いておいて、イメージや表現したいことを明確にすることの重要さを

先生に教えられました。

そして、サックスの中音域を出すときの息の入れ方は、

私が今、マイクの前で話す時、一番自然に出る声に生きていると感じます。

歌うように、会話するように、

時には口説くように。

いろんな面があることで、表現力の幅をもたせられることを

この時教えて頂いたように思います。

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